何かをするときにクラスタに分けることは、会話する上では必要だと思う。
何かの話を聞くときに、”クラスタ”に縛られる必要はあまりないのかな?と思っている。
たぶん、話す側は”こういう人だよ、こういう話するよ”て提示する必要はあるのだけど。
面白そう だから聞いた。でいいんじゃないか。
ただ、私が面白そうと思っても、他の人にも面白そうと同じように思ってもらいたい。
それを伝えるのが大変ということがわかった。
私が節操無く何でもかんでも面白そうって思っちゃうだけなのかな?
ソフトウェアテストとか写真とかカメラは勿論そうだけど
品質の話だったりも関連があるから興味があるのか
UXとかデザインとかARとかも 聞く話は面白いと普通に思うのだけど。
・・・つまり、どうやったら「ソフトウェアテスト」とか「品質」って単語に興味を持ってくれるか。
ってことか。
てか、そもそも「品質」って言葉を聞くだけで「お堅い」イメージを持ってしまうのだけど。なぜだろう・・・
ものっすごいハードル急にあがってしまう。
「テストしてます」は言えるけど
「品質を保証しています」って言いきらん。
そんな感じ。
垣根越えてしまえば、普通におもしろいのだけど。越えないといけないのか・・・
悩ましい・・・