テストする人。

ソフトウェアテストってわかんない。ソフトウェアテスタ-による、ゆるゆるブログ。

テストする人。は、テストできる人になったのか

記念すべき100エントリー目です♡ありがとうございます。

このブログを始めたきっかけ

・・・忘れました。何で作ったんだろう・・・

ただ、技術ブログ系は はてなブログだよね というよくわからないミーハー心で作ったのは覚えていますw

このブログタイトル名になったわけ

プログラマー時代から自覚してたんですが、ネーミングセンスが皆無なのです。
なので、どこかからあやかって付けたりするわけですが、これはUNICORNというバンドの曲名からつけたはず・・・なんだけど、っぽい曲名が「ママと寝る人」しかない・・・(゜-゜)

まぁいいのです。未だに自分の職業名に迷子なので「テストする人。」が一番あってると思っています。

本題

さて、100個くらいテストのこととかコミュニティのこととか書いたり書かなかったりしていますが 何か変わったのでしょうか?

期間にして5年程度。

変わっていないこと

バグ出し がとてもうまくなった 」という自覚は全くありません。ずっと同じくらいの感覚です。

変わったこと

5年前の比較だと、色々ありすぎると思います。

いじめる気持ちから、私がどう動かしたいかどう動いて欲しいか

個人的によく人とお話するのが「テストって意地悪な気持ちでやるんでしょ?」というもの。
それについて、全く気持ちが反対になりました。

以前は「バグを出してやろう」みたいな気持ちでやっていたんですけど、
今は「まず自分が思うように動くこと、その次に こんな動き方もあんな動き方もするよねー。」とネガティブな感情での活動ではなくなりました。

操作とか、試しているテストは結果として一緒なんですが^^;心持ちが正反対になったんですね。

バグを探すから、プロダクトはどうあるべきかを考える

↑が変わると何が変わるかというと、要望とか、操作性とか、プロダクトそのものについて考えることが増えたのではないかと思います。(もちろん、その他にもたくさん要因やキッカケはあるのですけど) それについては、以前SQiPシンポジウムでも少しだけ紹介しました。 www.juse.jp

エンジニアのために工夫するようになった

↑が変わるとともに少しずつ変わったのは、Issue(チケット)の書き方(項目ではなく、ニュアンスや粒度)とか、とにかく「エンジニアが負担にならないためにどう動くと、エンジニアが心地よく動けるか」を考えていたように思います。(とはいっても、もともと私の性格が口が悪い、調子に乗る、悪態をつく、と問題ありだったので、エンジニアたちにとってはそう捉えてもらっていないかもしれません)

Issueの書き方以外にも、やれることはチャレンジしたりしなかったりしています(自分のテストスピードが落ちるものはあまりやりたくない・・・)

説明できることが増えた

「なぜこのテストをするのか」「なぜしないのか」「やるべきか・やらないべきか」「なぜやらなかったか」 今まで 何かを聞かれたときに言葉に詰まることも説明できることが増えたと思います。(あくまでも昔の自分に比べて)

  • テストはやれるならやった方がいい
  • 不安だから多ければ多い方がいい
  • リリース後にバグがでたら、なぜそんな簡単なものも見れなかったのかに対する説明ができない

テスト神話に対する、今の自分の解答、わたしが働いている会社(やプロジェクト)で最適解の説明は できるようになってきたと思います。

QCDやチームの体制、プロダクトの性質で、自分の見解が言えるようになるのはテストをする上で強みになったと思います。
ただ、予算・工数ありきでをベースに考えているところがあるので、もっと必要な部分は、テストを増やすべきだと言えることもできないといけないのかなーとも少し思っています。(テスト軽視になるのも困るだろうし)

テストできる人。なのか

まだまだできないことが沢山(なにしろ、バグを出すのは最初からあんまり変わってない気がしている)あるので、まだまだ「テストできる人。」とは言えません。

200エントリーのときは、もっといろいろできるようになっているといいなぁ