テストする人。

ソフトウェアテストってわかんない。ソフトウェアテスタ-による、ゆるゆるブログ。

すごい人

4年前に書いたまま下書きにおいてあったので放流(ちょっと書き直し) 

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シンポジウムやワークショップに行くようになって、まずワクワクしたのは、この業界で活躍されていたり、アウトプットをガンガンだしているような方とたくさん知りあえて、さらに繋がって、さらに色んな人を紹介してもらったりできたことでした。

1年位前に、エンジニアである知人に「凄い人とかと知り合いになれるってすごくない!?」みたいなことを言ったのですが

 

「いや、別にそういう人と知り合いになりたいと思わないし」

ってバッサリ切られて(´・ω・`)ショボーンってなりました。

 

これっておそらく2つの意味で言っていたみたいなのですが

1.地位が高いだけの人は自分には魅力に見えない

2.知り合いになることが目的くらいなら、自分でさっさと勉強して、自分の能力はよ身に付けろ

 

ってことなんだと思います。

彼の言うことはごもっともでした。

 

1については、私が正しく伝えられなかったのが問題かな。と思いました。

ただ単に「社長」であるとか「教授」であることで権力をひけらかしているような人(は、実際にひけらかすだけのような人にお会いしたことないので、実在するかわかりませんが)

そういう人のことではなく、

それなりの立場があるだけでなく、もちろん実力もあって、人を引きつける魅力があって、たくさんファンがいるような方々のことを伝えたかったんです。

 

私自身は、ミーハーな理由に変わりはないんですけど・・・

動機は本当にこんな感じだったので、しょうもないと思われても仕方ないんですが・・

さらに、そんな動機でお会いさせてもらったことに、すごい方々にとっても申し訳ないんですが・・

 

でも、それでもお会いできて本当によかったーって思う人ばかりでした。

 

さらに私自身の価値観を変えていただいたり、人生もちょっと変わっちゃったんじゃないかと思えます。

  

知った!⇒お話できた⇒人柄が素晴らしい⇒私のつっまんない価値観も変えてくれた⇒大好き!⇒ファンになる

 

という感じが今です。

 

なので、「ファンです」と言うと、一般の人には「本を読んで・・・とか、~の技術について」ってことになりそうなんですけど

違うんですよ。。。私。

いいのか悪いのか。

 

失礼やろ。って怒られてもしょうがないとは思うけど。

でも、ファンには変わりないんですよね。

 

何かの悩みのときに「最短」で「適切」な道を示してくれる。

決めつけない

押さえつけない

ヒントはくれるけど、「こうしなければならない」と強いるようなことは絶対ない

バカにしない

常識・非常識というものさしで測らない

 

 

 

だから

 

安心してついていける

ファンになれる

もっと好きになれる

 

 

でも、たまに私の理解の1歩先のことを仰って、私がついていっていないときがあります。

周りの方がのフォローが身にしみます。

 

からの2018(4年後)

「すごい人」という語彙力のなさが、相変わらず残念だけど

ここで書いている「すごい人」は4年たっても「すごい人」です。

私の人生観は変わったし、その変化は生きる上でもかなり大事にしてるし、今が楽しい(大変でもある)

 

最近は、私の周りに4年前の自分と同じようなことを言ってるなぁと思う人もあらわれて、

そういう人たちがすくすく育つように(まわりの茶々に振り回されないように)何かできるといいなぁと思っています。

(下手すると余計なこと言ってテンションとかモチベーション下げてしまいそうで悩ましい)

 

 

私もエンジニアももっと日本語を勉強しようよ!の話。

かなり前に書いた(おそらく2~3年前)ものがそのままになっていた?ようなので、ちょっと修正して公開。


最近日本語で悩むことが多くなった。

作文を書く機会が増えた

作文というとあれですが、レポーターという機会を何度かいただいていて
WEB掲載のための参加レポートを書いた。

そこでいかに自分の日本語酷いか身にしみることになった。

ブログも酷いもんで、自覚はある。

まず書き方がぶれてるし
何が言いたいかわからんし
どう修正していいかもわからんし。

毎回レポートはレビューをしていただいてから公開しているので、
そこでかなり勉強させていただいている。
(と、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる)

参加レポートなので、いくつか抑えておくべきものというのもあるんだけど
それ以前に「読める日本語で書こうぜ」である。

多分、ちょっとだけ日本語が読めるようになった

レビューしていただいたり、社外活動などでMLの文章を読む機会が増えて
きちんとした日本語を書いている方の文章がいかに読みやすいか、読むのに慣れてきた。

そうすると、周りの汚いものが見えてくるようになった。

自分の文章も読み直したら本当に酷い。

自分の日本語が酷いのはわかった。周りはどうだろうか?

周りも酷いことに気づきはじめた。
というか、そもそも周りが汚いから(その中でも自分はもっと酷いのだけど)汚いことに気づかなかったのかもしれない。

偏見であるけど業界的に多少メールの日本語わからなくてもニュアンスで伝わるっしょー。と甘えている人が多いのではないかな。

外国人にどう話すか

もう一つ。キッカケの一つになるとおもうが、外国籍の人とお仕事をする機会が増えた。
といっても日本語だけど。

そうすると、方言以前に適当な日本語だと伝わらないかな?とか、ゆっくり話して理解しているかな?と確かめないとなていう自覚がでてきた。

システムの日本語が気になってきた

最近ユーザーフレンドリーというか、システムのメッセージの表現もどんどん柔らかくなって
英語の直訳のような日本語ってどうなのよ。と思っている。
直訳をかえるだけなら前から気にしていたけど、どんどん気になってくる。

気になるというより、指摘に入りすぎてテストが進んでいないことも^^;

日本語大事

www.slideshare.net

現在(2018)はどうなのか

↑から2~3年して現在。
お仕事では、たまにドキュメントレビュー(日本語指摘)をすることも増えていました。
また、去年くらいから社外活動で使う文章などのレビューをすることも増えてきました。

伝わる日本語は大事で、「わかる」ということ以外にも
「背景がわかるようになる」とか
配慮がわかるようになるとか
余計なものがないおかげで、ストレートに気持ちが伝わるとか
色々あるなぁと思っています。

そして、まだまだ日本語難しいと思っています><

英語も話せるようになりたいけど、日本語大事!

テストをする人としてセクシャルマイノリティを考える

あまりにもセクシャルマイノリティにも詳しくないのだけど ここ何年か引っかかっているので。

システムでよくある性別選択

システムのユーザー登録でよくある性別の選択。

  • 男性
  • 女性

ISO 5218で指定された4つのコードは以下のとおりである。

  • 0 = not known(不明)
  • 1 = male(男性)
  • 2 = female(女性)
  • 9 = not applicable(適用不能

答えが書いてあった

Wikipediaより

上記コードを使用する場合、その識別子名は、"GENDER"ではなく"SEX"(英語)または"SEXE"(フランス語)を使用することを想定している。この規格は社会的・心理的性別ではなく生物学的性別を表記することが目的であるためである。

男性を「1」、女性を「2」とコードを振り分けているが、これには意味はないと規格に明記されている。この規格は、単に参加国の一般的な慣習を反映したまでであり、重要性、ランキングやその他、差別を意味する可能性のある根拠といった意味を表現しない。

そうか。システム上は生物学的思考で考えるとよさそうなんだ。

女子会ってなんだろう

IT業界では、女性が少ないということが提起されています。
そのため、女性だけのイベントがおこなわれることがあります。

わたしも登壇したり、お手伝いをしたこともあって
本会もとても盛り上がったし、とても楽しかったのだけど
これは、社会的・心理的性別が女性である人にとって
心苦しい状態にさせてしまっていないのか、すごく気になっています。

私が想像できる範囲では、気にせずに参加して欲しいと思うけ ど 私では想像できない背景があるんじゃないかなとも思うし
気持ちとして思うところもあるのかもしれない(気持ちになると個々で違うのだろうけど)

GENDERとSEXを混ぜて考えない

前述では生物学的思考と書いたけど、それはsexという入力項目については生物学的思考で考えたらよいだけで
システムのUIであったり、ユーザーが使うときにGENDERを考えないといけないようなシステムであるときに
SEXの意味でシステムをとらえてしまっていないか
ちゃんと考えないとなぁと思います。

そのために、もっと色んな人を知らないとなぁと思っているところ。
マイノリティにもやさしいシステムを提供できる人になりたいなぁ。

カイゼンするときに大切にしていること

自分が運営とかお仕事とかでもカイゼンしたいときに気をつけていることがあったので、まとめ。

一番パワーを使う人が主役

何かを変えようとしたときに、負担が公平であればいいのですが、そうでない場合があります。
運営だったら、XX担当者。
開発だったら、エンジニアとか。

その場合、一番パワー使う人ができるだけ楽(さぼるじゃない。彼らが一番快適に力をかけられる状況)
できるのは何かを考えるようにしています。

なので、その解決策だと、私が少し以前より負担とかめんどくささが増える可能性もあるかもしれませんが
それはOKとします。(ほんとにつらかったら、それもカイゼンするけど)

underscore42rina.hatenablog.com

も例のひとつ。自分が使うサービスを変えれば、エンジニアがちょっとでも楽できるならそっちの方がいいな。と。
この場合は、私も教育コストがほぼなかったので、負担が増えたほどではなかったです。

楽ができる方法を探す

上にも書いたとおり、さぼるではなくて楽ができる方法を考えます。
システムに任せられることであれば、積極的にシステムにまかせようとか。
ちょっとフォーマット作成して、そのフォーマットに従ってみよう。とか。

そのときも、めちゃくちゃ誰かの負担やコストがあがらない、ちょっとあがってもそっちの方がイケてそうだね。
という落としどころを探ります。

楽しくなる方を採用する

ルールばかりが増えても窮屈になるだけなので
ちょっとテンションがあがる ものがあれば、そちらを採用したいです。

どうせやるなら うぇーい ってやりたい。

きっと、うぇーい ができるチームになると
カイゼンはどんどん進みそうな気がする。

テスト実行のエビデンスを残すということ

百聞は一見に如かず とりあえずやってみた

Screenpressoはやっぱり神だった

スクリーンショットツールは以前からScreenpressoを愛用しているのですが*1
ここでもScreenpressoを利用。

やっぱりすごい。
今は必要があれば動画もとるということで、今まで使用していなかった録画機能も使用。
gif動画がサクッと作れるのはすごい

何に貼るか は大事だった

スクリーンショットエビデンスとして残すのに、ExcelではなくConfluenceに残しています。
テストケースのとなりに貼る感じ。
これがストレス軽減にかなり役に立ってた。

以前シロメでExcelエビデンス作業したことがあったのですが、
こちらはTableにコピペするだけだし、ファイルが重くなるようなことも当然ないので、かなり楽でした。

役に立ったこと

人のテストケースの理解

今のところ一番はこれかも。テストケースが実際に何を確認したのかをエビデンスからも読み取れるのはうれしい。
後追いで他のブラウザのテストするときや、レグレッションテストするときには役に立ちそうだなと思いました。

バグの混入原因をさぐる?

冒頭のTweetはそういうことだったようです。
膨大なシステムとか、膨大なテストケースのときに、ちょっとした違いが役に立つのかもなぁと思いました。

お客さまへ証拠提出

昔そういう理由でおこなったことがあります。
実行結果を示す数少ない証拠になるのかなと考えています。

テスト実行のエビデンスを残すということ

もともとテスト実行のログもエビデンスも残すテストをやってこなかったので、かなり懐疑的であったのですが
テストするメンバーが複数人いたり、前述の理由もあって、一概に悪いって言えないなぁと思いました。

ただ、これの費用対効果がどのくらい高いのか、スクリーンショットを撮る作業になってしまって、”テスティング”できていないとか そのフラストレーションがある(人もいる)ことは注意してもいいのかもなぁと思いました。

*1:以前はインシデント報告およびマニュアル作成時に利用していました

わたしは老害になりつつあるのかもしれない

今年はとくに環境が変わって、面倒を見る側というか、チャレンジしている人を応援したり支える側になってきたと同時に
どうしても自分が老害なのではないかと気になってしまう。

説明が足りなかったり、配慮が足りなかったり
きちんと伝わらないことがあったり
色々難しいな。と思う。

老害ではなく先輩として生きたい。

とにかく自分をどうにかしないとどうにもならないんだなぁと
大事なときに大事な言葉をもらえることをしあわせに思って
目指したい大先輩たちを追いかけるかー

リモートワークはQOLが高まる

QOLってなぁに?

Wikipediaより

クオリティ・オブ・ライフ(英: quality of life、QOL)とは、一般に、ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のことを指し、つまりある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念である。QOLの「幸福」とは、身心の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、快適な住環境、十分な教育、レクリエーション活動、レジャーなど様々な観点から計られる。

またQOLには国家の発展、個人の人権・自由が保障されている度合い、居住の快適さとの関連性も指摘される。

したがってクオリティ・オブ・ライフは、個人の収入や財産を基に算出される生活水準(英: standard of living)とは分けて考えられるべきものである。

ということらしい。まさしくクォリティ・オブ・ライフ!

わたしにとってのQOL

自分が生きていく上で、いくつかのポリシーがあるように思います。

お金について

わたしは、お金を使うことに抵抗がある方かなと思っています。
お金が減っていくのがこわい。

ただ、お金が増えていくことにもあまり執着がない方かなと思います。

  • 突然収入がなくなっても1~2年生活できるくらいの貯金
  • 平均世帯年収の年収が当面の目標(きっと1000万円とかは必要ないかな。あったらうれしいけど)
  • 老後のための貯金はこの先しないとなぁ・・・

くらいです。

住まいについて

わたしの住まいは、祖父が住んでいた家をリフォームしているので築30年のおうちです。 せっかくなので、壁紙は遊んでしまえ!と、仕事部屋の壁紙とかは遊んでしまっています(おかげでちょっと部屋暗い気がする)

お部屋がかわいいと思えたら、古いとかはあまり気にならない気がします。 毎日おうちがかわいいと思えるのはほんとに楽しい。 十分な部屋数(仕事する部屋と、寝る部屋と、家族で過ごす部屋)があるのは、リモートワークする十分なきっかけになりました。*1

毎日、こんなおうちに住めてありがたいなぁと思っています。*2

家族について

週末は家族でおでかけ!みたいなイベントことを全くしないのですが、 平日も普通にみんなでご飯たべて、ごろごろして、夜になったら寝る。という 普通のことが普通に毎日できるのはありがたいです。

友人と過ごすこと

今のところは、オンラインで連絡が取りあえる環境があれば、頻繁に会う必要はないかなぁと思っています。

リモートワークでQOLがあがったこと

前回書いたブログもだいたい同じこと書いてるかな underscore42rina.hatenablog.com

お金について

外にでないので、つい買ってしまうものが減った(特にコンビニのもの)ことと
その分、外にでたときは、多少ガッと買ってもいいや。ってメリハリができているのはすごく満足度が高いです。

今は、好きなものを ちょっとだけいいものを買うことができたりするのが楽しいです。(数百円の話だけど)

衣食もまさにそんな感じ。着ていくための服を増やさなくてよくなってきたので
好きなお洋服だけを(バーゲンだけど)買えたり、
コーヒー屋さんのコーヒー豆を買って、自分で挽いて、毎日の仕事に飲んだりと
きちんと選んだもので過ごせるのってとってもしあわせです。

住まいについて

せっかくリモートワークできる環境になってしまったので、それをフルに活かせるのはうれしい!

せいかつ

朝起きて、自宅になった梅で作った梅シロップのジュースを飲んで、
庭におりて、お庭の整備をして
身支度をして
9時にPCを起動する。

快適な温度の部屋で、仕事用にふんぱつした自分好みの色のパソコンチェアに座って
コーヒーの香りだったり、好きな匂いに包まれる。
庭のお花が咲いている時期であれば、仕事部屋に活けて彩りを添えてみて
いつもどおりの仕事をする。 f:id:underscore42rina:20180803162742j:plain

午前は30分の読書会で、お互いの意見や、今後の会社についてできることはないかとか考えて
午後は6分間の体幹トレーニングも同僚とおこなう。

18時には子どもが帰宅して、おかえりとあいさつして
仕事を中断したり、終えて、ピアノの練習につきあう。

夕飯ができていれば一緒に食べて、
そうでなければ朝の続きにとお庭の整備してお風呂。

家族で一緒の時間をすごして、22時にみんなで就寝。

普通に暮らして普通に仕事してるって普通にしあわせ。

*1:仕事部屋がなければリモートワークするってならなかったと思う。

*2:というほど立派じゃない。害虫マジヤバい